長崎の中国人墓地で日中約340人のボランティアが恒例の清掃活動

 長崎市の中心部からほど近く、稲佐山の麓の悟真寺国際墓地で22日、彼岸の中日にあわせて双方のボランティア約340人が中国人墓地の清掃を行った。(写真はNHKの放送より引用)

 長崎県日中親善協議会の主催で行われたこの墓地清掃は、今年で43回目。地元の会社員や高校生、中国人留学生などが参加し、焼香の後約2時間をかけて墓地を清掃、日中の交流を深めた。

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 悟真寺は、慶長3年(1598)に創建された。当時はヨーロッパから伝来したキリスト教が長崎を席巻し、寺院が焼き払われるなどしていた時代。それを嘆いた筑後善導寺の僧・聖誉(せいよ)が悟真寺を創建したのだ。

 外国への玄関口となる港町として発展してきた長崎では外国人が多く、創建後まもなく、長崎で貿易を行っていた明国商人により、悟真寺境内に唐人墓地が設けられた。以後しばらくの間、悟真寺は華僑の長崎における菩提寺となっていた。
 以後、出島オランダ商館のオランダ人のためオランダ人墓地が造られるなどして、多種多様な外国人が眠る国際墓地となっていったのだ。

 現在も国際墓地には600基の墓があるという。仏教だけでなく、キリスト教、イスラム教のお墓が併存し、それらがしかも悟真寺の歴代住職によって守られてきたという、世界的にも珍しい国際墓地だ。何百年も前から外国人や異文化を受け入れ、国際色が豊かな長崎ならではの墓所と言えるだろう。

 長い間、お寺が守り続けてきたお墓が、今や史跡となって現代に残り、草の根の国際交流の助けとなっている。これもまたお墓のひとつのあり方としておもしろい。

 悟真寺国際墓地は、JR長崎駅前より長崎バス(悟真寺前行き)乗車、終点下車すぐ。