あなたは幸せに死ねますか? – 最期に受けたい心のケア(玉置妙憂さんの講話より)

スピリチュアル的な捉え方

 「スピリチュアル」的なアプローチがよく分かる一例が、認知症に対する捉え方です。

 認知症という病気に対し、現代医学では

・[原因] 後天的な知能の低下が起こる
 (知能障害・人格の変容など)
 ↓
・[対応] 薬物による予防・進行抑制・鎮静

というように対処します。

 一方、「スピリチュアル的」には
・[前提] 人はそれぞれの仮想現実の中に生きている
 ↓
・[原因] 加齢による五感の低下等により
    外界の刺激をキャッチする能力が低下
 ↓
・[結果] 仮想現実が周囲の人とずれる
 ↓
・[対応] その人の仮想現実を認める

という対処になります。

 どちらが優れている、という比較は難しいですが、前者の対処を行った結果認知症患者がみるみる弱っていく、そしてさらに認知症が進むということはよく起こってしまうこと。

 スピリチュアル的な対応では、例えば夜になると「家に帰らなきゃ」と帰り支度を始める患者さんに対し、一緒に帰り支度をして一緒に何時間も外でバスを待ち、諦めて自分の部屋に戻る、ということを繰り返すそうです。
 患者さんの世界に寄り添うことで、精神状態を落ち着かせ、症状を緩和するということですね。
 患者さんにとっては非常に幸せなケアであるものの、それに見合う大きなマンパワーが必要になってしまうことも事実です。
 
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実際に行われているスピリチュアルケア

 スピリチュアルケアの重要性は、医学界でも世界的に認められつつあるそうです。
 欧米では、末期がん患者などの心のケアを神父・牧師が行うということが既に広く行われています。今や欧米でも毎週教会に通うという人は減っているようですが、キリスト教という素地が宗教師によるケアを受け入れやすくしているのでしょうか。

 意外なのは台湾。台湾は四大仏教と言われる仏教の信徒が多く、僧侶がスピリチュアルケアを行うということが広く浸透しています。
 実際に玉置さんも台湾まで足を運び、僧侶によるスピリチュアルケアを視察・体験されています。
 そこでは、自宅のベッドで療養する患者さんに僧侶が寄り添い、お経を唱え、時に話を聞く、ということが当たり前のように行われていたそうです。筆者が写真で見た患者さんの顔は、いつ死の遣いが訪れるかわからないというような辛い状況であることを感じさせない、和やかな表情だったように思えました。

 さて一方、日本ではまだまだ浸透しているとは言い難い状況。
 日本でも、すでに看護学生のカリキュラムには「スピリチュアルケア」の内容が組み込まれており、病院の看護師も知識としては「スピリチュアルケア」を知っています。

 しかし、現場の現役看護師に聞いてみると、「患者さんから『自分の生きる意味が分からない』というような深刻な悩みを打ち明けられることはほぼありませんね。医療側の人に悩みを相談するのはなかなかハードルが高いのではないでしょうか。」との答え。
 確かに、お医者さんや看護師さんとの信頼度にもよるだろうが、自分の心をさらけ出すのは難しいかもしれません。
 加えて、現場の看護師さんは、もし相談された場合でも、「自分には答えられない」「時間を掛けて答えてあげられるだけの業務的な余裕がない」というのが実情だそうです。

 玉置さんも、病院勤務の看護師だった時、患者さんのスピリチュアルな悩みを打ち明けられたこともあったそうですが、きちんと答えてあげられないことが辛く、「あ、この患者さんこれから何か深刻なことを聞いてくるかな」と思ったときは聞かれないよう他の仕事に行ったりして逃げてしまう自分に悩まれていたそうです。
 

きっかけとなった「看取り」

 そもそも、まさに現代医療の最前線で看護師として活躍された玉置さんが、なぜそこに疑問を持ち僧籍に入られたのか。
 一つの大きなきっかけは、ご主人を亡くされたことだったそうです。

 玉置さんのご主人は、一旦治療した癌が再発し治療が見込めないとなったとき、一切の延命治療を断ったそうです。
 玉置さんは病床のご主人の介護に当たることになりますが、結局ご主人は治療は受けず5年前に自宅で亡くなります。
 それまでの病院勤務では治療を絶った患者さんを看る機会がなかった玉置さんにとって、その生き様、死に様は、とても自然で美しい、ものだったと言います。

 心の中で何かが弾けた玉置さんはそのまま出家を決意、当時の職場のご上司も意思を尊重してくれたそうで、その伝手で高野山の僧侶となられました。

 現在は臨床宗教師として、病院などで患者さんのケアに当たっているほか、一般の人が「心のケア」や「死」について学ぶことができる「養老指南塾」という講座も開催されるなど、「スピリチャルケア」の重要性を広める啓蒙活動も積極的にされています。

 ご自分が「宗教師」であることは、患者さんのケアにあたっては結構な力を持っていると感じるそうです。
 「お坊さんになら相談してみよう」「お坊さんなら話を聞いてくれるかも」と思ってくれる人が少なくないそうで、看護師時代は悩みを話してくれなかった患者さんが玉置さんが僧侶になって剃髪した姿を見るや悩みを話し始めた、ということまであったのだとか。

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養老指南塾で死について語り合う参加者

田辺 直輝(たなべ なおき)
 一墓一会編集長
 お墓アナリスト
 海洋散骨アドバイザー
 私がお墓関係の仕事に関わり始めたのは10年ほど前。
 たった10年の間ですが、お墓を持つ人、お寺さん、民間の墓地運営者など多くの方とお話しするにつけ、世の中のお墓事情は日に日にどんどん変わっていることを実感します。
 誰もが同じような場所に同じような墓を建て、同じように子孫に引き継いでいく、そんな時代はもう終わりました。
 「最近は先祖を敬う気持ちが薄れているのでは?先祖をもっと大切に。」というお寺や墓地の関係者の話も耳にします。
 しかし、何より大切にしなければならないのは、今生きている人の人生です。
年を取った人が安心して余生を送ることができ、遺される人も安心して見送ることができる、お墓を通じて、そんな皆様の人生のお手伝いができればと思っております。