「葬式」よりも「お別れの会」が好まれるのはなぜか

年が明けた2018年1月25日、元プロ野球監督の野村克也さんの妻であり、「サッチー」の愛称で親しまれた野村沙知代さんのお別れの会が、東京のホテルニューオータニで執り行われました。
会には約1000人が参列、ソフトバンクホークスの王貞治会長、野村ID野球を支えた元ヤクルトの古田敦也さんなど球界関係者も多く参列しました。

野村沙知代さんが虚血性心不全のため85歳で亡くなったのは、2017年12月8日のこと。
葬儀・告別式は近親者のみの密葬で執り行われ、死去から1か月半以上が経ってからのお別れの会開催となりました。

「密葬→お別れの会」という最近の潮流

以前は、有名人・著名人が亡くなった場合、葬儀を盛大に行う、というのが一般的でした。
キャパシティーが大きく葬儀が行える場所、というのは東京で見ても限られており、例えば港区の青山斎場は参列者が多くなる葬儀・告別式が数多く執り行われてきました。
大企業の社長などが亡くなり大規模に社葬を行う、というのも普通でした。

しかし、バブル崩壊以降の景気悪化を受けてか、大規模な葬儀は大きく数を減らします。
先ほどの青山斎場では、昭和57年に200件を超えていた葬儀件数は、平成15年には31件にまで激減しています。
(危機感を抱いた運営者の東京都は、青山斎場の運営を日比谷花壇に外部委託しました。やや状況は改善されたものの、年間開催件数はようやく50件を超えたところです。)

激減した青山斎場の利用数
(東京都のデータより)

同時に、平成15年頃より、葬儀は親族でしめやかに行い、後日「お別れの会」を開催するケースが増えてきます。
葬儀からお別れの会までは、1か月半~2か月程度の間を空けるケースが多いようです。
青山斎場でも近年は「お別れの会」が開催されるケースが目立ちます。

故人の死後数日で大規模な葬儀を開催するというのは、遺族の心情や開催準備作業の大きさを慮るにあまりに負担が大きいことは明確です。
冒頭の野村沙知代さんのケースも、夫の克也さんは死去後すぐはかなり憔悴しており、お別れの会のときは多少落ち着いたように見えました。
ご遺族のことを考えるに、お別れの会が増えていくのも自然と言えるでしょう。

また、参列者にとっても、葬儀の日取りを急遽知らされて予定を開けられない、ということも多く、ある程度予定がつけやすいお別れの会は歓迎されるでしょう。

開催会場は「斎場」から「ホテル」へ

ホテルニューオータニ(公式HPより)

さらに、お別れの会の会場は、「斎場」から「ホテル」へと変わりつつあります。
平成になった頃は、お別れの会を行えるホテルはほとんどありませんでした。
一般の宿泊客がいるうえ、結婚式などの慶事が多く開催され、またその需要も高かったために、冠婚葬祭の「葬」は敬遠されてきました。

しかし、少子高齢化で結婚式需要の低下が止まらない状況となり、ホテル側も10~15年ほど前から「お別れの会」の受け入れに大きく舵を切りました。
そもそもホテルには遺体を持ち込むことが原則できません。従って葬儀はできなかったわけですが、葬儀を済ませ遺体を持ち込まない「お別れの会」という形態が定着してきたことで、ホテルでの開催も可能になってきたと言えます。

ホテルでのお別れの会には、ホテルならではの制限もあります。
「遺体を持ち込めない」のは基本ですが、ホテルによっては喪服が禁止だったり、お香を焚くことができない場合もあります。
また、結婚式が多い土日でのお別れの会開催は難しいといえます。

しかし一方で、一流ホテルの接客サービスを受けられる、おいしい食事を提供できる、大人数にも対応してもらえる、とメリットも多いのです。
野村沙知代さんの場合は、生前ご夫婦でニューオータニをよく利用され思い出深い場所であったことも、会場選びの決め手になったようです。

「葬」の宗教色は薄く・・・

最近、「葬儀の簡素化」ということがよく言われます。
「直葬」という、イベントを一切行わず火葬してしまうことも、普通に行われています。
お寺で葬儀が行われることはめっきり減り、お坊さんが呼ばれないお葬式も一般的になりました。

かつてのように景気が良くはなく、「世間様に恥ずかしくないように」見栄を張ったり体面を保ったりという必要性も薄れた現在、「お葬式」もシンプルになり、その形式も多様化しています。
宗教や伝統に必要以上に縛られずそれぞれが満足できるもので済ませることへの抵抗はなくなっています。

野村さんのような大規模は「お別れの会」はこれとは趣を異にするようにも見えますが、ご遺族も参列者も必要以上に形式・格式にこだわらず参加できる、という意味では同じ流れなのではないでしょうか。

東京都が公表しているデータでは、平成19年~21年の3年間を見るだけで、お別れの会会場のホテルのシェアが大きく増えていることが分かります。
今後も、「ホテルでお別れの会」という需要は増えていくのではないでしょうか。