ペットと一緒に眠れるお墓は少ない

 近年、ペットと一緒に入れるお墓が少しずつ増えてきた。
 ペットと一緒に入れるというのは、同じ墓石の中に人とペットを一緒に納骨することができるお墓だ。
 日本最初にペットブームが訪れたと言われるのは高度成長期の昭和40年代前半、それからもう半世紀が経とうとしているが、21世紀に入るとペットは屋内で飼われることが多くなり、ペットはペットというよりも家族の一員として認識されることが多くなった。
 高齢者や単身者がペットを飼うケースも増え、その場合は正に寝食を共にした家族という意識が強く、自ずと「ペットと一緒にお墓に入りたい」という人は増えている。

 東京都大田区の久が原庭苑では、2015年5月1日に新たに開設した樹木葬タイプの永代供養墓に、ペットと一緒に眠れる区画を設けている。価格も50万円からと、23区内の霊園としてはかなりリーズナブルだ。
 また、町田市の町田いずみ浄苑フォレストパークでは、「ウイズペットエターナル」と名付けられたペットと一緒に入れる永代供養墓区画を2009年に開設したが、既に完売という人気ぶり。

 しかし、ペットと一緒にお墓に・・・、という需要は根強いが、その希望を受け入れてくれる墓地はまだまだ少ないというのが現状だ。

なかなか増えないペット可のお墓

 特に、東京23区に限ると、人とペットを一緒に納骨できるお墓は、調査できる限りで10件程度しかない。
 しかも、「ペット可」と前面に押し出している霊園はさらに少ないことが、品薄感を増幅させている感がある。

 「ペットを一緒に埋葬可」の霊園が増えないのは、仏教的・歴史的な背景によるところが大きい。
 仏教では、犬・猫を始めとした動物は「畜生」に分類される。「畜生」は、“苦しみ多くして楽少なく、性質無智にして、ただ食・淫・眠の情のみが強情…(略)”であり、現世で悪業を働いたり、愚痴ばかりで感謝報謝しない者が死後「畜生」に生まれ変わるとされている。
 また、昔は動物は基本的に家畜であり労働力、また土葬がメインだったこともあり、人と同列に埋葬されるものではなかったのだ。
 その慣習は長く続いてきたため、今でも動物と一緒のお墓、というものに抵抗がある人も多い。

 東京都下のある霊園では、ペット墓を新設することを検討したものの、墓の既存所有者の反対意見が多く実現しなかったのだという。自分のお墓のそばに動物の骨が入る、ということへの抵抗感がどうしても拭えない人はまだまだ多いそうなのだ。
 こういった事情を考えると、既存のペット不可の霊園を、途中からペット埋葬可に変える、ということはかなり実現困難であろうと思われる。

 実際、先ほど例に挙げた久が原庭苑と街だいずみ浄苑フォレストパークも、ペットと一緒に眠れる区画はかなり最近に、しかも既存の区画とは別に新設したものである。

同じ霊園内に「ペット供養塔」がある霊園も

 ペットを一緒に埋葬できなくても、同じ霊園内にペット用の供養塔や慰霊碑が設けられている霊園は、「ペットと一緒に埋葬可」よりはかなり数は多い。

 東京都港区、銀座線外苑前駅すぐの青山梅窓院墓苑には、墓苑の入口近くに「ペット供養塔 無礙光塔」が建てられている。
dav
 梅窓院では、家族同様のペットが増えてきていることから、平成25年にこのペット供養塔を建立した。供養塔には、自由に彫刻した石のプレートを掲示することができ、飼い主のペットへの思いが刻み込まれている。
 この供養塔、梅窓院にお墓を持っていれば、納骨料他32,400円という破格の料金で利用することができる(プレート代は別途必要)。原則1年間の個別納骨でその後合葬となるが、希望すれば1年経過後も個別での納骨を継続することもできる。
 梅窓院周辺は超高級住宅街も多く、高級犬を散歩している住民もよく見かけるエリア。ペットも一緒のお墓に、という要望は多かったと思われる。

 また、新潟県新潟市にある妙光寺安穏廟、こちらは初めての「永代供養墓」として有名だが、こちらにもペット供養墓が建てられている。
myoukouji005
 安穏廟も、人が入るお墓に動物の骨を納骨することはできないが、安穏廟利用者であれば、費用負担なく、同じ敷地内にあるペット供養墓に自分のペットを埋葬することができる。

 梅倉院は建立が1643年、妙光寺は1271年と長い歴史を持つ。これら数百年の歴史を持つ寺院が、ペット用のお墓を敷地内に設けたことには、時代の移り変わり、人々の意識の変化を強く感じる。

ペットと一緒に入れるお墓のこれから

 現状、ペットと一緒に入れるお墓はまだまだ少ない。通常のお墓選びと比べるとかなり選択肢が減ることになる。
 
 新しい霊園では、ペットに非常に理解があるところもあるそうだ。しかし一方で、このような時流となれば「ペット不可」が逆に売りにもなってくる。

 お墓側も、コンセプトやその個性をますます問われる時代になってくると言えよう。