東京都港区のとある寺院、ここでは僧侶有志によって定期的に勉強会が開かれています。
その勉強会に参加させていただきました。
今回の講師は、現役の看護師でありながら5年前に出家され、臨床宗教師・ケアマネージャーとして、末期ガン患者などの心のケアをおこなっている玉置妙憂(みょうゆう)さん。
看護師として、そして臨床宗教師として、医療者・宗教者両方の側面から多くの患者さんの最期を見てこられ、一般の人が「心のケア」や「死」について学ぶことができる「養老指南塾」も開催されている玉置さんは、延命至上主義である現代医療に対して疑問を投げかけつつ、もっと幸せな死の迎え方、死の看取り方があるのではないかと問います。

多死社会を迎えて
既に日本では、毎分2人以上の人が亡くなっている状況。
多死社会と言われる一方で、医療技術の進歩により人の寿命は年々伸びています。
ただその中には、昔は生きられなかった状態でも人工呼吸器や胃瘻などによって命を長らえているケースもあるわけです。
点滴や呼吸器につながれ、治療の苦痛と闘いながら、自分が生きながらえる意味を問いながら亡くなっていく、そんな幸せとは言い難い最期を迎える人が増えています。
戦後、1割ほどであった病院死(病院で亡くなること)はその後増え続け、昭和50年頃に自宅死(自宅で亡くなる)の数を上回り、今では8割を超えるまでになっています。
延命治療をすれば、とりあえず生きながらえることができる、言い方は悪いですが死を先送りできる、そういった事実を目の前に突きつけられた時、「では延命治療はしません」と決断できる人は確かに少ないでしょう。
ただ、この「誰もが引導を渡せない」状況が、「死を受け入れられない」世の中を生むという悪循環を加速させているというのです。
死を迎える人への「スピリチュアルケア」とは?

玉置さんは、「心のケア」を行うことによって、「死への恐怖」や絶望感といったものを和らげ、患者さんも世話をする人も幸せに生きることができるはずだと説きます。
その「心のケア」とは何なのでしょうか。
これは、医学的には「スピリチュアルケア」と呼ばれています。
「スピリチュアル」というと、パッと思い浮かぶのは、美輪明宏さんや江原啓之さんが出てきて「あなたの後ろに〇〇さんの霊が見えます・・・」と言っているような、いわゆる「霊能力」的なものですが、「スピリチュアルケア」はそれとはまったく異なり、学術・学問的に確立されたものです。
人は、普段から「生きる目的は?」「生きる意味は?」「なぜ死ぬのか?」「死後はどうなるのか?」という自分の人生に対する根本的な問題を持っていますが、それをわざわざ自分や人に問うようなことはしません。
ただ、例えば末期がんを宣告されるなどして、人生に対する「無価値観」「絶望感」「不公平感」「孤独感」「罪責感」などを考えずには生きていけない状況になったとき、そういった答えのない問題を抱えた自分が表に出てきます。
これを、「スピリチュアルペイン」つまりスピリチュアルな部分の痛みと呼び、それを和らげることを「スピリチュアルケア」と呼んでいます。
「スピリチュアル」という単語は、そもそもは精神的な、霊的な、崇高な、という意味ですが、さらにこの場合は「身体感覚的な現象を超越して得る体験」を指します。日本語に一言で訳せる言葉がないためでしょうか、日本語でも「スピリチュアル」という言葉が使われています。
たった10年の間ですが、お墓を持つ人、お寺さん、民間の墓地運営者など多くの方とお話しするにつけ、世の中のお墓事情は日に日にどんどん変わっていることを実感します。
誰もが同じような場所に同じような墓を建て、同じように子孫に引き継いでいく、そんな時代はもう終わりました。
「最近は先祖を敬う気持ちが薄れているのでは?先祖をもっと大切に。」というお寺や墓地の関係者の話も耳にします。
しかし、何より大切にしなければならないのは、今生きている人の人生です。
年を取った人が安心して余生を送ることができ、遺される人も安心して見送ることができる、お墓を通じて、そんな皆様の人生のお手伝いができればと思っております。